世界の街に広がるミロンガという名の幸福

ミロンガとは「アルゼンチンタンゴを踊る大小の街のダンスホール」のことです。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスが本場ですが、パリやミラノ、ニューヨークはもちろんのこと、いまでは世界中の100を超す大都市に広がっています。タンゴを踊ることは特別なことではなく、日々の暮らしの幸福として市民の間に浸透しています。若いファッショナブルな人たちにとってもこのダンスのスタイリッシュな魅力は見逃せません。世代を超えた人々が世界の街々で夜遅くまでタンゴを踊っている光景は想像するだけでも感動的です。

アルゼンチンタンゴダンスの大いなる誤解

アルゼンチンタンゴのダンスを「素人では踊れないプロのアクロバットな踊り」だと思ってはおられませんか。そうしたダンスはダンサーが舞台で見せるためのものでタンゴダンスの一面にしか過ぎません。このダンスの本当の魅力は街のミロンガで普通に踊られている地味な脚さばきの「粋さ」にあると言われています。そこには人生の喜怒哀楽の真実が隠されているのでしょう。タンゴの魂と言われるものです。「官能的で情熱的」という決まり文句だけでは決して見えてこない奥深いタンゴの世界がそこにあります。

ミロンガで踊られるタンゴこそ万人のもの

そうしたタンゴを一目でもご覧になった方は、これまでの先入観が一方的であったことを思い知らされます。こうした先入観がタンゴを踊りたいと思っておられる人々の前に大きな壁となって立ちはだかっていました。ダンサーでなければタンゴは人に見せるためのものではなく何よりも自分たちで踊って愉しむダンスです。タンゴを生み出した母なるものの本質です。アルゼンチンタンゴのダンスは、ミロンガを心から愛し、またミロンガに愛される人たちによってこれからも正しく受け継がれてゆくことでしょう。

社交ダンスのタンゴとは水と油ほどの違い

タンゴのダンスにはアルゼンチンタンゴのほかに一般に「社交ダンス」と呼ばれる分野で踊られているタンゴがあります。タンゴと言いながら実はこれほど異なったダンスもありません。「社交ダンス」のタンゴでは男女が互いに上半身を反り返らせ首を左右に激しく振ったりしますが「アルゼンチンタンゴ」ではそのようなことはありません。自然な姿勢で抱き合ってあとはタンゴという自由の海に泳ぎ出すだけです。この「違い」を知っていただくことから真のタンゴダンスへの扉が開かれると言っても過言ではありません。
（注）　19世紀の中葉から後半にかけてアルゼンチンで生まれたタンゴはその後この国を代表する音楽とダンスとして大輪の花を咲かせました。1910年代にはヨーロッパにも伝えられて大流行し、当地で作曲されたタンゴをコンチネンタルタンゴと呼ぶようになりました。それをダンスに取り入れたのが英国の指導下にあった「社交ダンスのソサエティ」でした。これがいまも「社交ダンス」で踊られているタンゴの原型です。アルゼンチンタンゴをそのようなダンスだと誤解されている方も多い様です。社交ダンスのタンゴが世界中のミロンガで踊られることは決してありません。

神戸とブエノスアイレスの深い仲について 神戸とタンゴの都ブエノスアイレスはおよそ100年前から運命的な絲で結ばれた港町でした。その名も「アルゼンチン丸」「ブエノスアイレス丸」という大きな舟がこの二つの港町の間を航海していました。往事の写真を近くの「神戸市立旧移住センター」の展示室で見ることができます。来日したタンゴ楽団の一行を自分の船に招き、明け方まで船上パーティを愉しんだという老人もおられました。「キタノサーカスのミロンガ」にはひと味違う雰囲気があると言われますのもそんな神戸の空気がそうさせるのでしょう。